分科会WS-1 9月7日(水)9:00~17:30
ニード別課題
精神薄弱
SPECIAL NEEDS POPULATIONS:MENTALLY RETARDED CHILDREN AND ADULTS
[医学] 座長 有馬 正高 国立精神・神経センター武蔵病院副院長
江草 安彦 日本精神薄弱者愛護協会会長
[教育] 座長 山口 薫 東京学芸大学教授
Prof.Peter Mittler Manchester University Ex-President of ILSMM〔UK〕
[福祉] 座長 妹尾 正 日本精神薄弱者愛護協会副会長
Mr.Ong Pin Sam Ex-President of AFMR〔Singapore〕
[職業] 座長 松矢 勝宏 東京学芸大学助教授
[医学]
精神薄弱者の社会統合のための医療
MEDICAL CARE OF CHILDREN WITH MENTAL RETARDATION TO SOCIAL INTEGRATION
Vanrunee Komkris
Rajanukul Hospital,Thailand
精神薄弱者の基本的なニーズは両親と社会からの理解と愛であり,これは一般の人とは違う.したがって,精神薄弱者の生活の質の向上を計るための適切なサービスが必要となる.医療,教育,職業訓練などのサービスや機会は,誕生時,子供の時代からおとなに至るまで,容易に利用できるものでなければならない.
最初の重要なサービスは障害の予防と早期発見といった医学的なものであり,これが早期介入につながる.地域社会で行うべき特殊教育,リハビリテーション,職業訓練などのサービスでは,デイケア・センター,グループホーム,普通の人と同じような働く機会を提供する共同作業所などが重要である.
1986年のWHOの報告によると,精神薄弱者は世界に約9,000万人から1億3,000万人おり,18歳以下の重度精神薄弱者の割合は3~4対1,000人ということだ.軽度ないし中度の精神薄弱者の割合は20~30対 1,000人である.
WHOおよび保健省によれば,タイでは人口の1%がさまざまな程度の精神薄弱者である.これは30年前のことなので,現在数がどれくらいかは想像できよう.
タイで精神薄弱児の医療が始まったのは1957年である.この年,保健省が精神薄弱の診断治療とリハビリテーション専門病院としてRajanukul病院精神薄弱研究所を設立した.この種のものとしては国内で最初で唯一のものである.機能は以下のとおりである.
- 診断,予防および治療
- 医療,教育,社会,職業訓練の各分野でのリハビリテーション
- 早期治療のプログラム
- 両親のためのカウンセリング
- 精神薄弱予防策の分野での調査研究
- 精神薄弱者に関係している人を対象とした精神薄弱分野の人材養成センター
- 看護学生や医学生の訓練センター
精神薄弱者のための医療サービスは次のものがある.
- Rajanukul病院および州立病院による保健省の事業.
- 首都保健部による内務省の事業.
- 大学病院による大学省の事業.
精神薄弱者のための医療は子供の時から行う必要がある.Rajanukul病院は1981年の国際障害者年に早期治療計画を開始した.計画の基本的な目的は知覚運動能力,自助能力,社会性,言葉,コミュニケーションなどさまざまな能力を精神薄弱者に刺激を与えて引き出すことにある.このプロジェクトは外来診療所の心理部門を通して提供されている.診療所は一般の人々によく受け入れられており,患者数も増えている.同病院はバンコク市内にRajanukul小児リハビリテーションセンターとDindaegCBRセンターを新たに開いてそのサービスを拡大している.
タイ中部では大体どこでも精神薄弱者のための医療を受けられるが,他の地域には少なく,1989年にはチェンマイに精神薄弱者のための特別病院をもうひとつ作る予定がある.Daughter of Charity経営のCBRセンターが3ヵ所にあり,3歳以下の身体障害児と精神薄弱児の早期介入を行っている.3歳から6歳の就学前の精神薄弱児のためには就学準備のためのデイケア・センターがある.
Rajanukul病院は,医療サービスの他にも1964年に特殊学校を設立して学齢期の子供の特殊教育を行っている.この学校は現国王が精神薄弱者福祉財団を通して寄贈したもので,Rajanukul病院医療サービス部門が管理しており,7~18歳の教育と訓練が可能な精神薄弱者の教育が行われている.
同病院は成人の精神薄弱者のために職業訓練を行っている.病院内にはワークショップがひとつあり,精神薄弱者を男女別々に訓練するための職業訓練センターが病院外に2カ所ある.
1985年Rajanukul病院は在宅の重度精神薄弱児の家庭を訪問し,両親にカウンセリングをしていろいろな治療法を紹介するため,医師や看護婦,ソーシャルサービス・スタッフ,医療スタッフから成るチームを作り,地域ベースの計画を設定した.
今のところ,タイの精神薄弱者向けのサービスは需要に応えきれているとは言えず,現時点で54万人という障害者の数を考えればまだまだ不十分であることがわかる.サービスは主にバンコクを中心としており,遠隔地では施設が全くないか,極めて少ない状態である.この不足は以下の理由による.
- 財政援助の欠如
- 有資格人材の欠如
- 精神薄弱者に関する教育,職業およびリハビリテーションに関する最新の知識の欠如
保健省は,人的資源開発の一環として精神薄弱者に幅広くサービスを提供するべく,非政府機関を含む他の3つの省との協力計画をすすめている.
[医学]
自閉症の医療
―現在と将来―
MEDICAL TREATMENT OF AUTISM:PRESENT AND FUTURE
栗田 広
国立精神・神経センター精神保健研究所
はじめに
過去40年間の自閉症に関する医学的研究は,この状態の基底に,ある種の脳機能障害が存在することを示唆するさまざまな所見を生み出してきた.これらの結果は,乳幼児に対する母親の養育における障害あるいは失敗が自閉症の原因であるという当初の誤解を訂正した.自閉症の原因に関する理解の変遷に反映されるように,自閉症の第一選択の治療も,精神分析的な方向性をもった遊戯治療から,行動変容および教育的方法へと変化した.薬理学的な治療で代表される医学的治療の試みもまた,自閉症の原因に関する研究の進展とあいまって増加してきている.
自閉症の医学的研究の展望
認知および発達神経学的障害
自閉症の認知障害は,自閉症と対照(すなわち,精神遅滞児,発達性言語障害)の間での知的機能のプロフィールに関する比較研究によって確認されてきた.これらの結果は,自閉症児は機械的記憶や視覚空間的技能に関しては比較的優れているが,一方,彼らは論理的な思考や概念形成では劣っていることを示している.
自閉症児はまた,発達神経学的問題(たとえば,不器用さ,ジェスチャーの模倣の困難さ)および微細脳機能障害あるいは学習障害のそれらとかなり類似した臨床像を呈する.自閉的な子供の利き手の確立は遅れる傾向がある.
神経生理学的研究
青年期の終わり頃まで年齢が上がると増加する傾向のある脳波異常は,自閉症児の20から40%に存在すると信じられている.てんかん発作は,自閉症児の10 から20%に彼らの青年期の終わり頃までに出現する5).聴性脳幹反応の潜時と伝導時間は,自閉症では延長することがある15).
生化学的研究
神経伝達物質がこの領域の研究の焦点であった.約1/3の自閉症で高セロトニン血症があることが認められているが,ある自閉症児はセロトニン低値を示す14).カテコールアミンについての研究結果は,セロトニンでのそれらのようには一定していない.
神経病理学的研究
神経病理学的研究は,適当な資料を得ることが困難なため数が少ない.ほんの少しのそのような研究は, Ritvoら12)の自閉症者では対照よりもプルキンエ細胞の数が有意に少ないという結果以外は明確な異常を示さなかった.
形態学的研究
Hauserら9)は気脳写によって,左側脳室側角の病的な拡大を報告した.CT研究は,自閉的な子供の約20 %に異常を見い出した8).自閉症でのポジトロンCTの結果13)は,多少不明瞭である.最近の磁気共鳴画像(MRI)の研究4)は,自閉症における小脳虫部の一部の構造的な発育不全を示唆している.
遺伝学的研究
遺伝的因子は,自閉症の多様な原因の一部として示唆されている.一卵性双胎での自閉症の発端者の同胞の間には,認知障害の頻度が高いことは,自閉症そのものは遺伝しないが,より広義の認知障害が遺伝可能な形質であることを示唆している6).アメリカ2)とスウェーデン1)での多施設研究は,約10%の男性の自閉症者には脆弱X症候群が存在することを示した.
他の疾患の合併
現在まで,フェニルケトン尿症のような単一遺伝子病を含めて,さまざまな明確な疾患が自閉症に合併したという散発的な報告が存在した.これらの事実も自閉症が,共通の単一の原因では生じないことを示唆している.
個々の例では自閉症の原因を明確にすることは極めて困難である.自閉症に関する病因的研究の結果は,自閉症を,その本態は下位群の間で多少違い得るが,ある種の脳機能障害を基礎に生じる行動的に定義される臨床的症候群とみなすことが妥当であることを示唆している.
医学的診察
自閉症におけるさまざまな医学的問題をみると,詳細な医学的な検査は,自閉症の医学的治療の本質的な第一段階である.精神神経学的および小児神経学的診察,発達評価,脳波検査,CT検査,そして代謝障害と脆弱X症候群のスクリーニングは,発達障害の子供のためのどの診療機関でも,通常の手技として受け入れられることが勧められる.
医学的治療
歴史的治療法
歴史的には,電気けいれん療法やインスリン昏睡療法さえもが,効果はなかったが,自閉症児に試みられた.自閉的な子供に対する精神分析的な方向性をもった遊戯治療と彼らの親たちへのカウンセリングの組み合わせは,かつては自閉症の最も有力な治療法であった.これらの治療法は,自閉症が精神分裂病の最早発型であるという仮定に基礎をおいていた.そしてそれらは,自閉症の本態と,自閉症と精神分裂病との違いに関する知識が増大するとともに衰退した.
薬理学的治療
自閉症の間でのてんかんの発生率の高さを考えると,てんかんを有する自閉症児への抗てんかん剤の重要性は明らかである.しかしながら,他の薬物は自閉症に対する効果に関しては,まだ不明であるように思われる.今日まで,自閉的な子供の精神発達に対して効果があると証明された薬物はない.たとえば,フェンフルラミン,それは理論的には血中セロトニン濃度を下げることを通して,自閉的な子供の知的機能を改善すると初期の臨床的施行7)では思われた,アメリカでの全国的な治験を通して問題があることが明らかになりつつある.推奨者による有効性の主張にもかかわらず,メガビタミン療法の効果は,広くは受け入れられていない.ペントキシフィリンは,その自閉症への効果は日本で,かつて経験ある数人の児童精神科医によって主張されたが, 多施設での二重盲検試験においてそのような作用を証明できなかった.成瀬ら11)は,チロジンとトリプトファン水酸化酵素の補酵素であるテトラハイドロバイオプテリンが,自閉症状を軽減することを予備的なプラセボを対照とした二重盲検試験で証明したが,彼らの結果は今後さらに追試される必要がある.
もし自閉症に治療的効果のある薬物が発見されるとするなら,それは自閉症のある下位群に共通するある生化学的変化に基礎をおいた,確実な薬理学的な根拠を有しているべきであり,決して万能薬ではなく,その下位群のみの治療薬であるべきである.薬物の薬理学的基礎とその実際の効果との間と同様に,病因論的研究の結果と薬物の効果の根拠の間にも,まだ大きな隔絶が存在する.
ある種の抗精神病薬(たとえば,ハロペリドール,ピモジド)の効果に示されるように,これまで自閉的な子供に有用であることが証明された薬物の大部分は,実際には主として異常行動に有効である3,10).自閉的な子供は通常多くの行動上の問題を有し,それらは彼らの社会適応はもちろんのこと,教育的および職業的訓練をはなはだしく障害する.自閉的な子供はまた,とくに青年期に強い強迫的な行為を示しやすくなる.自閉的な子供と青年の異常行動をコントロールすることは,彼らの教育と職業訓練のためには疑いもなく有益である.薬物が自閉症を治せない限りにおいては,それは他の形の治療,とくに治療教育とともに統合されていくことが最も良いことである.
医学的治療におけるその他の問題
自閉的な子供は,障害のない子供たちと同様に,決してさまざまな身体的疾患に無縁ではない.自閉的な子供,とくに重度の遅れを有するものは,痛みや不快を適切に訴えない.そのかわりに,彼らは彼らの苦難を問題行動(たとえば,自傷行為,攻撃行動,癇癪)の形で表現するかもしれない.彼らの身体的疾患は見逃されやすい.自閉的な子供の保護者たちは,彼らの自閉的な子供たちの行動あるいは気分のわずかな変化さえも認めることに敏感でなければならない,なぜならそのような変化は重篤な身体疾患の初期症状でありうるからである.
結論
自閉症の医学的治療の現状をみれば,たとえ自閉症の医学的治療の将来は有望かもしれないとしても,自閉症に効果的な薬物を我々が手に入れるまでには,我々はまだ多くの道のりを行かねばならない.さらにまた,そのような薬はすべての自閉症の子供にではなく,その薬の作用の根拠となる生化学的変化を共有する下位群に有効でありうるのである.対症的治療法に関しては,自閉症の問題行動を扱うためのいくつかの薬を我々はすでに手にしている.より広い自閉症治療の枠組みを作るために,そのような医学的治療を治療教育とともに,統合していくことは意義あることと思われる.
〔参考文献〕
- Blomquist,H.K.,Brown,M.,Edvinson,S.O.et al.:Frequency of the fragile X syndrome in infantile autism.Clin.Genet.,27:113‐117,1985.
- Brown,W.T.,Jenkins,E.C.,Cohen,I.L.et al.: Fragile X and autism:A multicenter survey. Am.J.Med.Genet.,23:341‐352,1986.
- Campbell,M.,Anderson,L.T.,Small,A.M.et al.:The effects of haloperidol on learning and behavior in autistic children.J.Autism Dev. Disord.,12:167‐175,1982.
- Courchesne,E.,Yeung‐Courchesne,R.,Press, G,A.et al.:Hypoplasia of cerebellar vermal lobules VI and VII in autism.N.Engl.J.Med., 318:1349‐1354,1985.
- Deykin,E.Y.&MacMahon,B.:The incidence of seizures among children with autistic symptoms.Am.J.Psychiatry,136:1310‐1312,1979.
- Folstein,S.E.&Rutter,M.L.:Autism:Familial aggregation and genetic implications.J. Autism Dev.Disord.,18:3‐30,1988.
- Geller,E.,Ritvo,E.R,Freeman,B.J.et al.: Preliminary observations on the effect of fenfluramine on blood serotonin and symptoms in three autistic boys.N.Engl.J.Med.,307:165‐169,1982.
- Gillberg,C.and Svendsen,P.:Childhood psychosis and computed tomographic brain scan findings.J.Autism Dev.Disord.,13:19‐32,1983.
- Hauser,S.L.,DeLong,G.R.and Rosman,N.P.:Pneumographic findings in the infantile autism syndrome.Brain,98:667‐688,1975.
- Naruse,H.,Nagahata,M.,Nakane,Y.et al.:A multi‐center double‐blind trial of pimozide, haloperidol and placebo in children with behavioral disorders,using crossover disign.Acta Paedopsychiatr.,48:173‐184,1982.
- Naruse,H.,Hayashi,T.,Takesada,M.et al.: Therapeutic effects of tetrahydrobiopterin in infantile autism.Proc.Jpn.Acad.,63:231‐233, 1987.
- Ritvo,E.R.,Freeman,B.J.,Scheibel,A.B.et al.:Lower Purkinje cell counts in the cerebella of four autistic subjects:Initial findings of the UCLA‐NSAC autopsy research report.Am.J.Psychiatry,143:862‐866,1986.
- Rumsey,J.M.,Duara,R.,Grady,C.et al.:Brain metabolism in autism.Resting cerebral glucose utilization rates as measured with positron emission tomography.Arch.Gen.Psychiatry,42:448‐455,1985.
- Takahashi,S.,Kanai,H.and Miyamoto,Y.: Reassessment of elavated serotonin levels in blood platelets in early infantile autism.J.Autism Child.Schizophr.,6:317‐326,1976. 15)
- Tanguay,P.E.,Edwards,R.M.,Buchwald,J. et al.:Auditory brainstem evoked responses in autistic children.Arch.Gen.Psychiatry,39:174‐180,1982.
[医学]
重症心身障害児の疫学と地域ケア
EPIDEMIOLOGY AND COMMUNITY CARE OF THE SEVERELY MULTIPLY HANDICAPPED IN JAPAN
岡田 喜篤
札幌あゆみの園
はじめに
重症心身障害児(以下重症児と略す)とは,わが国における児童福祉法上の概念で,重度の精神遅滞と重度の肢体不自由を重複している児童のことである.これはわが国独特の概念であるが,さらにはこの重症児を法的な措置として入所させることのできる施設もまたわが国独特の福祉制度である.これらはおそらく世界的にみても非常にユニークなものと考えられる.社会福祉において先進的といわれる国々では,日本でいう重症児が,精神薄弱児(者)施設の一角にある病院部門ないし集中治療部門などで受け止められているのが通例である.
わが国では,過去25年ぐらい前まで,このような重い障害をもった人たちの場合,家庭で受け止めることはおろか,従来からの精神薄弱児(者)施設ないし肢体不自由児施設や身体障害者施設などいずれの施設でも受け入れることは困難であった.このため当時は,悲惨なできごとも少なくなかった.すなわち,両親が精神薄弱児を殺してしまうとか,障害児の母親がわが子とともに心中するといった事件がしばしば発生したりした.こうした事件は,昭和30年代の後半に特に多かったが,大きな社会問題にまで発展した.テレビ各社や新聞の全国紙などはこのことを大きく取り上げ,新しい施設制度の確立をもとめて一大キャンペーンを展開した.昭和38年のころであった.
これより先,東京・日赤産院・小児科部長だった小林提樹氏は,戦後まもなくから障害の重い乳幼児を産院小児科病棟や併設の乳児院で受け止め,その数は常時25人ないし30人となっていた.ところが,昭和31 年になると,これら障害児について行政当局から,小児科診療の対象として,または乳児院措置児として適切ではないので,健康保険の適用を停止し,あるいは医療扶助を停止するという通告を受けた.小林氏はこうした決定に対して激しい憤りを感じ,障害の重い子どもたちが適正に保護されるべきであることを社会に訴えていった.昭和33年の全国社会福祉大会は,小林氏の提案に対して全面的な支持を決議し,全国社会福祉協議会に「重症心身障害児対策協議会」を設置してその福祉対応を早急に検討することとした.この時以来,「重症心身障害児」という名称が正式な術語として用いられるようになった.
行政的施策の確立
昭和38年,政府は,重症児のための施設として東京の島田療育園ならびに滋賀県大津市のびわこ学園を指定し,その費用については国および都道府県(または政令都市)が負担するということを決定した.これは,まだ法律的な整備に至るものではなかったが,重症児の親やその関係者の切なる期待に応える画期的なことがらであった.
続いて昭和41年からは,全国にあるいくつかの国立療養所に重症児のための病棟を新設し,ここに重症児を委託して療育するという方針が実施された.これによって,重症児の福祉制度の法制化は,いよいよ間近であることが感じられた.
重症児福祉制度の法律的整備
昭和42年8月1日,児童福祉法第25次改正が行われ,重症児施設の法制化が実現した.この法制化にさいして,重症児の定義は,従来のものに比べて限定した範囲の障害を意味するものとされたが,それは精神薄弱児(者)施設や肢体不自由児施設の重度棟の整備が進行してきたためであった.重症児の新しい定義は「重度の精神薄弱と重度の肢体不自由が重複する児童」で,具体的には,知能指数おおむね35以下で,身体障害の程度が1級ないし2級に相当する肢体不自由を伴う児童という意味である.定義では児童とされたが,児童福祉法の第63条で,同様の障害をもつ18歳以上の者も児童と同じ処遇を受けることができると規定されたので,重症児という場合には,しばしば年齢制限を無視することも珍しくない.因みに,重症児の処遇では,実際の年齢が18歳以� �でも児童相談所が措置することとなっている.また,重症児が入所する施設(つまりは重症心身障害児施設=重症児施設)はすべて児童福祉法に基づく児童福祉施設であって,成人専用の施設というものは存在しない.
重症児施設の整備状況と重症児の実態
昭和63年4月1日現在,わが国には59力所の重症児施設があり,このほか80カ所の国立療養所が1~4つの重症児病棟をもっている.これらの総ベッド数は 14,560床である.
わが国にどれほどの重症児(成人を含む)がいるか正確な数は不明であるが,愛知県の児童相談所が把握している重症児の人口に対する割合(0.0253%)から推計すると,全国では約30,600人となる.因みに,愛知県児童相談所は重症児の把握に務めていることでよく知られており,現在のところ全国推計にはこれを利用することが多い.
ところで,重症児施設は必ずしも常に満床となっているわけではない.むしろ,諸々の理由によって定員の約90%程度の入所(13,100人)というのが最近の傾向である.そしてこれらの入所者の約30%は,重症児の定義に合致しない人々とみられるので,残る70%の 9,100人程度が重症児ということになる.つまり,全体で30,600人ほどの重症児がおり,そのうち入所しているのは9,100人ということは,21,500人がなお在宅児(者)であることを意味する.
在宅重症児について
重症児をとりまく状況は,この10~15年のうちに大きく変わってきたように思われる.全体の7割にも及ぶ重症児が在宅であるが,この人達は,少なくとも自分自身の生活に関する限り,特に問題なく過ごしている.そして,親や家族の多くは,重症児をできる限り家庭で受け止めていきたいと思っている.こうした風潮の背景には,次のような社会的要因を見逃すわけにはいかない.
1近隣社会の理解や協力が得られるようになった.2地域療育体制が整備されてきた.3在宅手当,障害者医療,ヘルパー派遣,緊急一時保護,税の減免などの諸制度が確立された.4国民所得と生活水準の向上が実現した.5家庭療育を可能にする知識,技術,機器,器材の著しい進歩があった.6ノーマリゼーションの思想が普及し家庭や地域で受け止めるという風潮が定着してきた.
しかし,親や家庭は重症児施設などの入所施設の必要性を否定しているのでは決してない.むしろ,施設に対しては,はっきりとした新しい役割を求めている.それは,施設が単に入所機能だけを備えるのではなく,外来診療,通園療育,デイケア,母子入所,地域活動などを含めた地域のセンター的存在となり,同時に次のような入所に積極的な姿勢を示すことを期待しているのである.すなわち,1専門的な医療管理を必要とする場合,2一定の目的のために一定の期間だけ入所という場合,3親や家族が介護できなくなった場合,4家庭での介護者が短期間の休養・娯楽・文化的活動などで一時的に預かってほしい場合,などである.
今後の重症児施設
重症児の場合,すべてが家庭や地域で受け止められるとはいえないが,一般的な趨勢はノーマリゼーションの方向に進みつつある.多くの重症児施設がこの方向への歩みを示しつつあることも事実であり,これからは在宅児にとっても意味のある重症児施設になることが重要であることを強調したいと思う.
[教育]
知的障害をもつ人々の特殊教育にみられる国際的動向
INTERNATIONAL TRENDS IN SPECIAL EDUCATION OF PERSONS WITH INTELLECTUAL DISABILITIES
Peter Mittler
Professor of Special Education,University of Manchester,UK
来世紀を12年後に控え,将来を見据え,どんな変化が必要かを問い,またすべての障害児,特に重度知的障害をもつ子供達のために今後50年間の戦いの準備をすべき時である.
第一に,障害がどんなに重かろうとすべての子供が就学すべきだと我々は考える.義務教育が普及している国の国民にとって,この目標はさほど遠いものとは思えない.ユニセフの推定によると,世界の1億4,000 万人の障害児のうち1億2,000万人が開発途上国,つまり8,800万人がアジア,1,800万人がアフリカ,1,300 万人が中南米,1,100万人がヨーロッパ,600万人が北アメリカに住んでいる.1980年から2000年までの20 年間に障害をもつ児童及び成人の数は4億人から6億人に増えるものとみられる.UNESCOその他の国際機関の大ざっぱな推測によると,アフリカ東部及び南部の障害児で学校に行っているのは1%にも満たない.
このようなはなはだしい対照が見られる一方,積極的な動向もうかがえる.最近のユネスコの調査によると,58カ国中48カ国で,障害児教育はかつてのように保健または社会福祉当局の担当であったり,またはどこも担当していないというのでなく,国,州両方のレベルで教育省の責任の下にある(UNESCO,1988).だが家族にとって通学が常に可能とは限らず,また当局の強制もない.第2に,障害児の就学に関する法律を制定した国が増えている.第3に普通校での障害をもつ児童の教育に対する関心が高まっている.
こうした動向はプライマリー・ヘルスケアおよびコミュニティ・ベースド・リハビリテーション(CBR)がますます重視される世界的傾向のひとつである.CBRは,地域のヘルスワーカーに基礎的研修を行い,家族や地域社会が障害をもつ児童・成人が自立と生存に必要な技能を習得できるよう支え,助けるために手をさしのべられるようにすることが基本となっている. David Wernerの優れたマニュアルである「障害をもつ村の子供たち」(1987)は今後に大きな影響を与えるものと思われる.
就学年齢の子供:統合への挑戦